音楽の日々よ永遠に

私が音楽人生を共にしてきたBacharach,Carpenters,ディオンヌたち。
そのディオンヌのライブをユーチューブで見ることが出来ますが,このサイトは圧巻です,本当に嬉しい。Australiaでのライブをぜひご覧あれ。エニー・デイ・ナウをはじめ日本来日公演とは全く違う選曲と編曲,そして聴衆の反応です。オケもいいね,日本人の音楽感覚と全然違うんだよな。
そしてあの懐かしいブレス・コントーローラー!!どこにも売ってないんだよね。
スティービーのハーモニカなくてもそれなりに「愛のハーモニー」が始まったりして。
おまけに,オケの連中が必死で譜面めくってるのが何とも外国らしい。
日本ならさしずめ平然とめくり無しの楽譜を用意するところだよね。
今,本物のアーチストが色々とアーチスト生活に難儀しています,人間は進化した動物です,大いに無駄をして文化を享受することが大事です。それぞれに感ずるところを大いに共感し合ってほしいと思います。
とにかく,4/19・20十里木ライブ頑張れ!staffに感謝!

 

   愛する「五日市」に心を込めて!

         五日市流「おもてなしの心」を!

 

 あきる野市広報「あきる野」7月号が発刊された。
一面に大きく紙面を割いたのは「スポーツ祭東京2013~第68回国民体育大会・多摩大会」でした。一年後の開催に
向け,今年と来年の「ボランティア募集」や市内で行われる三競技「自転車・ソフトボール・馬術」大会の成功に向
けた運営と地域を挙げての取り組みの強化についてである。
 私も退職して2年を,「初恋の五日市」において健康で何とか無事過ごすことができた。五日市の空気や自然のたたずまい,昔からの地
域の人情に支えられてきたような気がしている。 その間,夫婦にとって最後の親である義父を見送った。この年になるといろいろと変化
球があちこちから飛んでくるが,それも何とか受け止めて生きている。
 毎日の楽しみはやはり,五日市の変わらない自然の息づかいと安らぎであり,自分たち夫婦も含めた関わりのある方々の安寧だ。そんな
ときに飛び込んでくる訃報は本当に堪える。
 それでも大病以来,命の逆算を始めてから十余年を過ぎてみると,人は生かされているのだとつくづく思う。
 人生最後の思いを確かなものにしていきたいという「思い」を持ち始めたのも最近である。
 「思い」の中で特に,私が教職の道を歩み始めた土地である五日市は,今でもタイムッスリップしたように心を支配している。
 その「思い」の一つは,教職で培われたことではあるが,教職と言っても振り返るとさほどのことはできていなかったことに気がついた
ことが「唯一の財産」ともいえる教員としての「思い」だ。もう一つの「思い」は身体中を支配している「音楽」である。これからもすう
っと関わっていたい「思い」の存在である。そんな私が音楽教員として関わらせてもらった当時の教え子たちも立派に社会を背負って頑張
っている。ひそかに「教師冥利に尽きる」と感謝している。
 そんな五日市で,五日市が大好きな「五日市っ子」にはとうてい及ぶものではないが,私なりの「五日市への思い」の中では,あきる野
市と合併してからの五日市の歴史にはあまり好印象を持てていないのが正直なところだ。五日市っ子にあえて直接聞いた声の数は少ないが,
それでも異口同音に今の五日市の現状を憂いている「思い」は十分すぎるほど伝わってくる。声に出しては言えないのも五日市の良さかも
しれない。施策的に合併の善し悪しを軽々に語ることは避けるが,一市民として行く先への羅針盤を持って帆先は共有したい。
 そんな目で眺めてしまった広報「あきる野」7月号には,重く心が止まってしまった。 
 「おもてなしの心」で大会運営を! との小見出しに,嬉しい期待を持って誌面を読み進んだ。しかし,どこにも地域の人々への具体的
な熱い「思い」の「おもてなしの心」の取り組みは示されていなかった。ただ,「おもてなしの心で迎える取り組み」は少し書かれている。
「大会を機に,観光産業をはじめとする様々な地域産業の活性化・・・」では多摩産材活用花壇設置,駅前イルミネーションなどとある。
後は,協力の一つとしての市民ボランティアへの期待が寄せている。
 
 さて,「おもてなしの心」って何だろう。
 私はかつて現職時代に研究大会参加で岡山に行ったことがある。いくつかの学校を訪問したりもできた。そこで感じたのは,岡山に暮ら
す人々の「心」であった。ひとときの限られた空間や狭い範囲での出会いには違いなかったが,タクシーに乗って も子どもたちの訪問者に
対する対応にしても誰もが皆,言葉から感じる「心」があたたかいのである。夜のお楽しみで居酒屋へ潜り込んだときもそうだった。店員
さんの言葉遣いや言葉の中に感じるものが全てやさしい思いやりなのである。
 つい教師職業病で話しかけてみると,その店員さんは高校生のアルバイトだった。いろいろと話していくうちにその子の言葉から発せら
れたのは「おばあちゃんのしつけ」だということが解った。何処にもありがちなマニュアル通りの言葉ではないのである。二泊三日の岡山
で感じたものはまさに「岡山のおもてなしの心」だった。今でもはっきりと印象に残っている。こ
んな街,こんな人々,素敵だなあと思った。
 後で調べてみると,岡山県全体で取り組んでいる「おもてなしの心」のようだ。ずいぶんと長い時間をかけた取り組みであったに違いな
い,しっかり実っている。ちなみに,外国人観光客に快適な観光をしてもらえるよう、県内観光業者を対象とした研修会の開催や通訳・翻
訳ボランティアの積極的な活用を進め、受け入れ体制の充実も期したそうだ。その効果は絶大で,
平成20年から5年後には外国人観光客が2倍に倍増した。勿論環境整備等にも力を入れてのことだろう。
 あきる野市が提唱した「おもてなしの心」,見た目の環境整備にとどまらない「心」の環境整備を期待したい。具体的には,例えば駅前
に花壇を作ることだけではなく,市民の心に花を植えることであると思う。皆が家の周りをきれいにする,たばこをポイ捨てしない,ゴミ
が落ちていたら拾う・・・ことから始まり,みんなが挨拶を交わす,手を貸してあげる,ちょっとしたことへの気遣いができるなど,自分
の周りを考えただけでもたくさんのきっかけがあふれている。
 先だって自転車で歩道を通らせていただく機会があった。数メートル前には子どもに背を向けた母親と思われる方が歩道に腰を下ろして
たばこを吸っている。子どもは私に気がついてわざわざ道を空けてくれた。私も子どもへの危険を感じて自転車を降りて歩いて通り過ぎた
のだが,その私に子どもが満面のほほえみで「どうもすいません」と言った。たぶん道をふさいで
いた気がしたのだろう。とっても恐縮してしまった。「かえってすいません,ありがとうございます」と言葉を返した。
その子の年齢はたぶん5.6歳くらいだと思う。
 子どもは未来の宝である。まさに誰かの教育力の賜であろう。行き交う人々の心の通いこそが大きな「おもてなしの心プロジェクト」で
あると確信している。
 五日市には休みの日などには到着電車からはき出されるようにたくさんの観光客が訪れ,川や山が賑わう。最近は平日でも多くの方がリ
ュックを担いでハイキングなどを楽しみ来る。JRが単線だったり,河川公園での宿泊もできないためか,夕方にはいつもの静かな街並みに
戻る。観光誘致施策からすると歯がゆいことであろうが,私はこの状態が良いと思っている。
 雇用の確保がなかなか難しい古い地域だ。若者の働く場所は自ずと都会に向かう。それでもまだまだたくさんの若者が五日市に就職して
住みたいという,何と嬉しいことか。税金も頭打ちかもしれないが,このままで良いと願う。都会の方々の心の癒やしの場として雇用を生
み出せないものかと思案している。
 高齢者も多い,福祉にも力を入れなければならない。在宅介護も含めた地域医療や地域自治会等の取り組みはむしろ大きな輪にしていか
なければならない施策だろう。今期のスポーツ祭典の機会が故郷の誇りとなり,温かいおもてなしの心で選手関係者を応援できる取り組み
にできたらと期待する。
 話は違うが,10月には「ハセツネ」山岳ロードレースも開催される。街中さがしてもポスターは何枚かだった。この春にはそのミニ版
もあった。小和田の方々は野良坊汁や自家製野菜でもてなしていた。 レースを終えた選手家族の手には野良坊菜が。嬉しい心だ。
 
 今年,「五日市物語」がタイミングよく完成して大きな反響を呼んだ。DVDも発売となり機運上昇かとも思う。
 映画館に足を運んだときのことだ,「五日市物語」に登場する俳優さんやスタッフの息づかいが聞こえてくるような素晴らしい作品に仕
上がっていたこともあるが,五日市の自然のたたずまいがしっかりと主役になっていたのが嬉しい。この手の作品は興行収入を得ることは
難しいと言われてるが,別に試写会ではなかったのだが終演したときには観客から大拍手が湧き起こった。勿論私も妻も心から拍手を贈っ
た。映画で拍手をしたのは戦後の混乱期に見た夢膨らむ映画以来だ。心から嬉しく胸に熱いものがこみ上げた。
 市の行政も大変かと思う,心から関係各位の労をねぎらいたい。
 五日市に居するものとして,五日市が自然と人々の心が織りなす「愛と感動」に包まれた地域であり続け,子孫代々「思い」を繋いでで
いきたいと思う。